こんにちは。みなさんは難しいけど好きなものって何かありますか?音楽やってる人は高難易度の曲の演奏とか、スポーツやってる人は新記録への挑戦とか、数学とか物理とかの新しい理論の模索とか、パソコンのプログラム開発とか、いろいろあるかと思います。僕の場合はパズルとか読書とか割と好きですかね。難しいって言うほどは難しくないかもしれませんが、手ごたえのあるものを選ぶ傾向があるとは思っています。
さて、今日のネタはこちらの本。出版禁止シリーズの第3弾だそうです。2周はしますね、おそらく。もっと読まないと分からないかも。僕は今でも分かりません。っていうか、『仮置き』みたいな読み方が必要な本なんです。「気にはなるけど1周終わるまでは放置で」みたいな。好きな人にはうけるでしょうね。難しい本を読むのが好きな人には向いているかも。
では、行ってみましょう。
このシリーズに触れるにあたり。
まず、大前提があります。第1弾の感想文でも書きましたが、表面的な話だけ読むとまったく楽しくありません。裏に必ず何かあるので2周目ありきとして1周目は読むこと。本格的に楽しむのは2周目以降です。
これ、忘れないでくださいね。感動なり何なりを1周だけで堪能したいなら他にもっといい本がいっぱいあります。
とはいえ、今回のは前回のと比べると『実は』の部分は比較的弱く、設定の再確認的な答え合わせに重きが置かれているかもしれません。
さて、本作です。
第2弾をとばして3弾に来てしまいました。だって、長いんだもん。何回も読むからね。次、2弾行きます。時間が取れたらね。さてさて。
ざっくりあらましは、いらないかもしれませんが一応。またしてもルポルタージュを作者さんが発見して世に送り出しましたってことになってます。どこかの小学生探偵かい。中身も僕としてはおおむね第1弾と一緒かな、と。っていうか、『運命』についての意見が作者さんに近いのかもしれませんね。物語云々、っていうか、それを通して言いたいこと、っていうのかな、がそれほど動いていない気がしました。というわけで。
『運命は決まっている』。これがこの作者さんの作品のおそらくキーポイントです。そんなことないよ、って人もいるかと思います。そういう人にはもう一言。『運命と宿命』。この2つは違うって知ってました?運命は変えられない、という人はこの2つを同じものと考えているのではないでしょうか。作者さんは、というか、本作はこのパターン。僕もかつてはそうでした。
でも、2つは違うみたいですよ。っていうか、違うものとするとこの運命論については色々都合が良い。変えられないのは『宿命』。これがまあ人生を映画としたら『あらすじ』にあたり、変えられないもの。『運命』っていうのは役者の演技みたいなものだそうな。アドリブがあったり、役者のキャラクター次第で変わります。言われてみるとそうですね。あ、映画って例えるより、クラシック音楽とかバレエの方が分かりやすいかも。演目は変わらないけど、誰がやるかで評価変わるでしょ。『運命』の方はそんな感じで変わるんですと。辞書的には。
ま、本作に話を戻すと、『運命』と言ってはいますが『宿命』の方を指して、これに抗うというか流されるというかという話、ってことです。っていうと、第1弾での催眠術~も似た感じがしませんか?自分の意志をどこまで通せるか。決められた(催眠術もこんな感じでしょう)宿命から逃れることはできるのか。
ついでに。運命、っていう意味で本もまさにこれですね。書いてあるものは変わりません。読み手の見方なら変わるけど。本作の魅力は、作者さんがそこに一ひねりも二ひねりも加えてくるところです。「くそー騙された」は作者さんへの賛辞になることでしょう。でも必ず騙されますよ。そういう作りなんだもん。
答え合わせ的に僕の考えた裏シナリオを。
事の発端は『酒内村』という、呪術師の村の伝統行事が行われたこと。これが件の殺人事件です。都築が犠牲になったあれですね。後からわかるくせに発端。
しかも、この伝統行事には更にいつ行うという明確な開催日が決められており、主宰者はそれに向けて数十年かけて準備していたのでした。ベースになる、というかその証拠みたいなのは作品中キノミヤ『マモル』の書いた本にありますが、村としては昔から伝えられてきていたんでしょう。宮司の部屋には宮司か巫女さんしか入れないってなってたので、その部屋にあったかもしれません。巫女さんとして祭りに参加する藤村朔がその生贄をつなぎとめる役割を担って、都築との関係を調整していたのでした。
あ、そういえば、あまり触れられていないようですが、僕は旧キノミヤ(マモル)は例の地史研究の論文を書いた民俗学者だと思うのですがどうでしょう。「引き続き調べる」って記述があった割にその後全く出てこないし、旧キノミヤは先生っぽかったし。都築が知ってることは全部知ってる感じだったし。自分が書いた論文だったら、あるでしょう。調べてくうちにそっちの側になっちゃった、と。これ、可能性高くないですか?朔のお母さんが誰かは分かりませんでしたが。
それにしてもあれね、『丸い貝は幸せ』って、そんなの聞いたことないぞって思って後で調べるリスト入りさせてたんですが漢字を組み合わせて『贄』だなんて、僕の漢字力がばれちまったぜ。てっきりそういうジンクスみたいなものがあるのかと思った。
そして考察サイトさんでも様々な意見が出ていた茶髪殺害の時の朔の「やめて」ですが、ここが作者さんの推しのポイントで、僕が思うには朔は都築が運命を変えてくれるのか試していたんです。意地悪なのが、殺しが成功してしまうと『運命は変わらない』コースになってしまう、ってところです。生贄には良心の呵責にあえいでもらう必要があり、できれば人殺しをしておいて欲しい、なんて滅茶苦茶高いハードル出している百年祭にもかかわらず、都築はこれをクリアしてしまうんですから朔としては運命を感じざるを得ないでしょう。その時殺せなかったら話は少し変わっていたかもしれません。ただ、その後もあの手この手を使って結局は・・・ってなるんでしょうけど。儀式の後の風は吹かなかったかも。その程度の変更にしかならなかったとは思いますが。だから作品としては成功するはずなんですね。嫌だなぁ。こういう読み方も。
日々の呪いについては推測通り毒等による暗殺でしょうね。「人を呪わば穴2つ」なんてことはない。突然苦しんで死んだとされてた朔だってミチルなんて名前つけられて元気に生きてたんですから。ただ、これは呪い殺すこと自体の否定であって、『九死に一生』みたいな確率的なものの調整としてのそれを『呪い』とするならこれまたキノミヤの本の通り否定はできません。
こうして、巫女と贄の準備は順調に進み、呪いパワーも十分に・・・?あれ?そっちはどうなんだ?ノルマは達成できたのか?どれだけ必要だったのかとか、それを100年の間で確かめる方法はあったのかとか未確認だ。しまったー。・・・うん、良しとしよう。100年あれば、大丈夫!ってね。※作品はフィクションなので当然某企業は無関係です。語呂が似てただけです。
でも本当にそっちはどうなんだろう。儀式の中で神を感じた~みたいになってるから今回はまあ成功なんでしょうけど、っていうか、彼ら的には世界を背負ってるわけだから事前準備がどうであれ儀式はとりあえずやっちゃうはずです。なんで100年なのかは知りませんが、過去十数回やってきてはいるわけで、まずかった回もあったでしょうし、そもそも第1回の前も世界はあったわけなんで成功だ失敗だなんてどうでも良くて、呪いパワーだの生贄だの運命だのも言ってしまえば何でもありなわけで、それこそパラドクスであり、色即是空・空即是色なわけですよ。儀式はやってもやらなくても実際は何も影響ないし、それをスローガンに村民の結束を図ったっていうのが本当のところなのでは?と思います。カルトですね。暗殺業を生業としていたようだ、ってところだけです、本当なのは。
はい、戻ります。で、儀式は終了し、村人たちは達成感を感じ、その後キノミヤマモルは寿命を迎え、キノミヤマサル体制の新いやしの村が始まり、またしてもルポライターの佐竹綾子を迎え入れ日々を繰り返し、しかし都築の殺害に関して村の『数人』が指名手配となり、現在村にはだれも住んでおらず、佐竹が自費出版したルポルタージュはネットに流出し、作者さんのおかげでたくさんの人に知られることになったのでした。彼らに祝福あれ。パラドクスな終わり(始まり?)です。
割とどうでもいいけど、赤ちゃんの両親は多分新キノミヤとミチルで良いと思います。都築の~って線もありますが(新キノミヤ=当時の青木)が嫉妬を抱くという表現をしている辺りからそっちか、っていうのもありますが、これはどうでもいいかな、と。それよりは生まれるのは女の子ってこと。それは運命なのです。
残った違和感
さて。2周目になるとほぼ確実にわかるのですが、村人に都築と佐竹で対応に大きな差がある人がいます。佐竹が『ユウナギ』と呼んでいた人。僕ね、これがすごく引っかかるんですが、何か意味があるんでしょうか。都築の時は、大切な生贄なので丁重に扱って、儀式の後でやってきた佐竹に対しては敵視するって、まあ分からなくもないのですが、村人の過ごし方、とでも言いますか、心得みたいなものには反してると思うんですよね。都築は都築で『アップルパイの女性』呼ばわり。他の人は仮名だとしても名前で呼んでいるのにこの人はアップルパイ、です。
佐竹が『ミカジリ』と呼んでいた女性も、謎です。命を懸けるほど「大きな夢がある」わりに、以降それについては出ていない気がします。見逃したか?それとも流出は彼女が?流出と言えば彼女ですし、仕込みに対する恨みみたいなものもありそうですし。
まだあるんだよね。佐竹は真の目的を別に持って取材に来たと書いています。そして、知人の訃報をもって呪いを信じるようにになった感があります。村人に仲間入りですね。で、これについては本当に分からない。
まず、真の目的は何だったのか。積年の恨みを晴らした、ってことで呪いが本当なら呪って欲しい人がいるんですが、みたいなものかな、と思うのですが、この亡くなった知人って誰?本の中で確実に知らされている死亡者は都築、茶髪、前キノミヤです。あとは野菜売りに行ったときに殺害しているとして、村を出ていった人の復讐対象ですが、これはルポライター佐竹ならインタビューしてたから分かるけど読者には分からない。でも作者さんがそこまで汲み取りを強要しているとも思えない。まさかまさかの朔の母親がらみとか?
そういえばまた出てきましたね、『セカイ』。最初の方で『世界が反転したような感覚』って。考え過ぎかな。後ろから読む、のヒントかな。まさかまたアナグラム?僕あれ苦手で今回も可能性は感じつつも挑んでません。疲れてやめちゃった。最近では対戦ゲームを『Eスポーツ』と呼ぶらしいですが、この読書はそんな感じでいうなら『D(読書)スポーツ』『N(作者)スポーツ』『K(禁止シリーズ)スポーツ』だわ。
そんな感じですっきりしないまま終了です。
誰か、正解を下さい、で今回は終わりです。ではまた。
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